スカイ・アレクサンダー著/白須清美訳/原書房
妖精とはどんな存在で、世界にはどんな妖精がいるのかを解説した一冊。妖精の説明は全体の3分の1程度で、ページの多くを世界各国の妖精の紹介に費やしている。
妖精はどこに住んでいるのか、どんな種類がいるのか、趣味や好きな食べ物は何か。エルフやドワーフ、ゴブリンにレプラコーンといった有名な妖精を紹介しつつ、まずは妖精の特徴を解説する章から始まる。
本文の合い間に入る、妖精にまつわる挿話も面白い。妖精の目撃談(妖精の葬式を見たとか)やローカルな伝承、豆知識の紹介が頻繁に挟まれ、飽きずに読み進められる。
ゲームや書籍でファンタジー作品にはそこそこ触れてきたと思うが、スラヴやアメリカ先住民の妖精は初めて知る名前ばかりで、自分の知識の浅さを思い知らされた。
装丁や見出し、ページ番号などのデザインもお洒落で、幻想的な挿絵も本の雰囲気に合っている。
ただ内容やページ構成には、良い意味でなく気になる点が多かったように思う。
同じ妖精の話が何度も出てくる(セルキーやレプラコーンなど)、人の名前がフルネームだったり略称だったりで統一されていない、各章のページ数の割き方がちぐはぐに感じるなど、全体の構成に粗さが感じられた。
特に気になったのがイギリスの妖精の章で、個々の妖精よりも文学作品の紹介にページが割かれていた。シェイクスピアの『夏の夜の夢』『ロミオとジュリエット』、C・S・ルイスの『ナルニア国物語』、トールキンの『指輪物語』など、ファンタジーというジャンルでは確かに重要な作品だと思うが、神話や民間伝承、個々の妖精を深掘りしてほしかったと思う。
内容について気になる点でいうと、まず四大元素。風(空気)がシルフ、水がニンフなのはいいいが、土はなぜかノームではなくスプライト。スプライトを土の精霊に分類するのは、珍しいのではないだろうか。
また火のサラマンダーは、なんと知名度が低いとの理由で説明が省かれていた。パラケルススの定義のままではなく三元素の解説にした理由は…なんなんだろうね。自分にはわからない。
エルフといえばクリスマスエルフ(サンタの手伝いをする妖精)のイメージが浮かぶというのが筆者の意見のようだが、昨今では弓矢を扱う美男美女の、いわゆるトールキン風のイメージの方が強いのではないだろうか(日本だけ?)。
あまり馴染みのない単語が出てくることもある。しかし、日本語訳のみで固有名詞のオリジナルの綴りが記載されていないため、ファクトチェックがしにくい。
例えば、ピクシーはスウェーデンではピスケと呼ばれているという解説があったが、AIに聞いてもピスケに該当する単語は分からなかった。
妖精が出てこなくても、おとぎ話が「フェアリーテール」と呼ばれるのはなぜか。
フランスでは『シンデレラ』や『眠れる森の美女』のような物語をContes de fées(コント・ド・フェ/妖精物語)と呼び、それが英語に訳されたからだと説明されていた。
では、なぜフランスでは妖精が出てこない物語も妖精物語と呼ばれるようになったのか、そこは余り解説されていない(別のページで多少触れられたはいたが)。
後で調べたが、当時のフランスの貴族社会の文学サロンでは、妖精のお話がブームになっていたようだ。妖精など幻想的な物語はサロンで流行のジャンルとなり、たとえ妖精が出ていなくても妖精物語として分類されたらしい。
原著『Fairies: The Myths, Legends, & Lore』のレビューを調べてみると、誤りが多いとの指摘もあるようだ。紹介されている妖精の数自体は多く、読み物としては非常に楽しめる一冊だが、”教科書”として使うには向かないかもしれない。